菅原道真を祀る「京の名水」
京都・寺町京極と新京極にかかる一角に「錦天満宮」はあります。
天満宮の名の通り、菅原道真を祀るお社です。
平安時代からの由緒ある神社ですが、豊臣秀吉の時代にこの地に移転しました。
菅原道真は平安時代の学者であるところから、学問、知恵、商才の神様とされ、地元では「錦の天神さん」として親しまれています。
境内にある「ご神水」は、地下30mから汲み上げられていて、水温17〜18度、水質検査でも無菌の良質な水を折り紙つき。
朝夕にはペットボトルを手に、近所のお年寄りたちがたくさん訪れます。
また、受験生には特に人気で、いつもはにぎやかな修学旅行生も、神妙な面持ちで水を飲んでいます。
日本武尊ゆかりの霊水
東海道本線と北陸本線の分岐駅でもある滋賀県米原市は、中世以降、宿場町として栄えました。
旧中仙道に沿って琵琶湖に注ぐ地蔵川をたどって遡ると、おびただしい水量の湧き水になっています。
「居醒の清水」は、「その昔、伊吹山に住むという大蛇退治にやってきた日本武尊は、蛇の毒気にあてられたが、この清水で癒して元気になった」という神話が残る霊水です。
もちろん、水を飲んだり汲んだりできて、石灰層から湧き出る水はミネラル分を豊富に含み、おいしい水としても折り紙つきです。
湧水のほとりには、江戸時代の儒学者で近江出身の雨森芳州が詠んだ「水清き 人の心を さめが井や 底のさざれも玉とみるまで」の歌碑があり、彩りを添えています。
四万温泉の「薬王水」
上州(群馬県)の名湯として知られる四万温泉は、湯治温泉として長い歴史があります。
四万温泉の名を世に知らしめたのは、豊富で良質なそのお湯です。
温泉の名前の由来にもなった「四万の病に効く霊泉」として知られ、特に飲む温泉としての効能は昔から折り紙つきです。
とりわけ胃腸病に効能があるということで、温泉街には飲泉所も数多くあります。
四万温泉の奥に鎮座する日向見薬師堂は、室町時代に創建され、現在では国の重要文化財に指定されています。
隣接する「青麻山薬王寺」は、「医」の仏様である薬王大菩薩を祀り、近郊近在の信仰を集めています。
寺の境内には、山からの湧水が引かれており、昔から中風除け、眼病治癒の霊水として知られ、「薬王水」と呼ばれて信仰されています。
穴の谷の霊水
富山県・上市市から北東へ6km、黒川地区の丘陵地帯を登ったところにある「穴の谷(あなんのたん)霊場」。
江戸時代、美濃の国の白心法師がこの地で修行して以来、霊場として知られるようになりました。
明治30年には、能登の霊外悟道禅師が3年修行して、真の解脱を得、このころから「行者穴」ともいわれます。
霊場の境内には薬師観音堂があり、石仏の横から湧き出た清水が水場に引かれています。
この水は霊水として難病に効くといわれ、いつも水汲みの長い行列ができています。
浅井一彦工学博士によると、病気を治癒するため「奇跡の水」といわれた「ルルドの水」に匹敵するゲルマニウムを含有しているそうで、蒸発残留物や硝酸性窒素が最も少なく、「限りなく蒸留水に近い」といわれています。
いまでは、この水を販売する会社もあり、全国に宅配も行っています。
曲木の里の「小和清水」
福島県・石川町の曲木の里は、平安の女流歌人、和泉式部が生まれたとされる所です。
町内にある光国寺の境内には、和泉式部堂が建てられています。
曲木の里の史跡のひとつが、「小和清水(こわしょうず)」と呼ばれる湧き水。
和泉式部が産湯に使ったといわれ、子宝と子育ての名水として広く知られています。
真っ二つに割れた岩の隙間から湧き出る水は、水量はさほど多くはないものの、いかにも女人ゆかりの水といった風情です。
しかし、「名水百選」候補であり、「ふくしまの水30選」のひとつでもあるこの清水には、知る人ぞ知る、もうひとつの側面があります。
子宝もさることながら、「飲むと美声になる」という言い伝えがあるのです。
そのため、近隣のカラオケファンに愛飲されています。
演歌歌手もときどきお忍びで訪れるとか・・・。
「恐山信仰」の霊水
青森県むつ市の恐山は、「日本三大霊場」のひとつで、イタコの口寄せで知られる霊地です。
恐山には、年間35万人もの参拝者が訪れますが、その多くが必ず立ち寄るというのが、霊水「恐山冷水」です。
むつ市内から恐山に至る恐山街道を行くと、標高300m付近にある天然のヒバ林の中から湧出するのが「冷水」といわれる名水です。
道路端の水場とはいえ、どことなく霊気ただよう雰囲気。
恐山に行く前には、この水で身を清めた後に入山することになっていて、昔からここが俗界と霊界の分かれ目といわれています。
「1杯飲めば10年、2杯飲めば20年、3杯飲めば死ぬまで若返る」という不思議な水といわれています。
北海道・斜里岳の「来運の水」
知床半島の付け根付近にそびえる「知床連山」のひとつ斜里岳(1545m)。
斜里岳の麓の湧水で、代表的なのが「来運の水」でしょう。
「来運」という土地は、明治32年に開墾された開拓の村で、開拓当時から豊かな湧き水が村の発展を支えてきました。
「来運」の語源はアイヌ語の「ランクンナイ」で、「死んだように静かに流れる川」を意味します。
しかし、先駆者は「運が来るように、幸せな村になるように」との願いをこめて、「来運」の文字を充てたそうです。
深い森の中に清らかな泉が忽然と姿を表す光景は、おもわず、立ち尽くしてしまうほど神秘的です。
泉から湧き出した水は、竹の樋で水のみ場に引かれて、自然の恵みをたっぷり味わえるようになっています。